講解 04 / 全12講

エルサレム教会と異邦人教会の一致
Unity of the Jerusalem and Gentile Churches

ガラテヤ人への手紙 1章17節-2章9節
Scripture

17また、私より先に使徒となった人たちに会うためにエルサレムに上ることもせず、アラビアに出て行き、それからまたダマスコに戻りました。 18それから三年後に、私はケファを訪ねるためにエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。 19しかし、主の兄弟ヤコブのほかには、使徒たちの誰にも会いませんでした。 20私があなたがたに書いていることには、神の御前で、嘘はありません。 21その後、私はシリアとキリキアの地方に行きました。 22ユダヤのキリストにある諸教会には、私は顔を知られていませんでした。 23ただ、「かつて私たちを迫害した者が、以前は滅ぼそうとしていたその信仰を、今は宣べ伝えている」ということだけを聞いて、 24私のことで神をあがめていました。 2:1それから十四年たって、私はバルナバといっしょに、テトスも連れて、再びエルサレムに上りました。 2私が上ったのは、啓示によったのです。そして、異邦人の間で私が宣べ伝えている福音を、彼らの前に示しました。ただし、おもだった人たちだけに個人的にそうしたのですが、それは、私が現に走っており、また走ったそのことが無駄にならないためでした。 3しかし、私といっしょにいたテトスさえも、ギリシア人であったのに、割礼を強制されませんでした。 4それは、忍び込んで来た偽兄弟たちがいたためですが、彼らはキリスト・イエスにあって私たちが持っている自由をつけ狙い、私たちを奴隷にしようとして、こっそり入り込んで来たのです。 5しかし私たちは、福音の真理があなたがたの間でそのまま続くように、一時も彼らに屈服して従うようなことはしませんでした。 6おもだった人たちも──彼らがどのような人であったにせよ、それは私にはかかわりのないことです。神は人を分け隔てなさいません──実際、そのおもだった人たちは、私に何もつけ加えませんでした。 7それどころか、彼らは、ペテロが割礼者への福音を任されたように、私が無割礼者への福音を任されているのを見、 8割礼者への使徒として働かれた方が私においても異邦人への使徒として働かれたのを認めたので、 9柱と目されるヤコブ、ケファ、ヨハネは、私に与えられたこの恵みを知って、私とバルナバに交わりの右手を差し出しました。それは、私たちが異邦人へ、彼らが割礼者へ行くためでした。

ガラテヤ人への手紙 1章17節-2章9節(新改訳2017)
訳文について:本講解の聖句箇所は、新改訳2017に基づいて掲載しております。正確な引用のため、実際のご使用の際は、お手元の聖書と照らし合わせてご確認いただければ幸いです。

迫害者から使徒へ ― 人間の想像をはるかに超えた、奥深い神の主権

主イエス・キリストが収税所へ赴き、マタイを直接弟子として召されたように、異邦人への偉大な使徒となるパウロもまた、復活された主イエスから超自然的な直接の召しを受けました。しかし、初代教会の輝かしい歩みの陰では、パウロの使徒としての権威に対する疑いや挑戦が絶えることなく続いていました。

エルサレム教会の信徒たちが、パウロをすぐには喜んで受け入れられず、むしろ恐れて距離を置いたのも無理のないことでした。それは、神が人の想像をはるかに超えて働かれるお方であること、そして聖霊の御業は人間の常識や経験だけでは測ることができないことを、彼らがまだ十分には理解できていなかったからでした。

「サウロはエルサレムに来て、弟子たちの仲間に加わろうとしたが、みなは彼を恐れ、彼が弟子であることを信じなかった」(使徒 9:26)。

実のところ、パウロはキリスト教史上最大の敵対者であり、残忍な迫害者でした。イエスを信じる人々を捕らえて牢に入れ、教会を滅ぼそうとすることにおいて、誰よりも先頭に立ち、熱心にその働きを進めていた人物だったのです。

そのような、到底赦されるはずがないと思われていた敵さえも神は愛し、異邦人のための偉大な使徒として立てられました。この神の主権的な選びは、エルサレム教会が抱いていた伝統的な考え方では到底受け入れがたい、衝撃的な出来事でした。メッセンジャーの正体に疑いが生じれば、その人が伝えるメッセージの真実性までも疑われてしまいます。そのため、パウロが真の使徒として認められるまでには、長い年月にわたって疎外と疑惑に耐え続けなければなりませんでした。その歩みは、まことに涙を誘う歴史だったのです。

しかし、この偉大な神のしもべは、人々の疑いのまなざしに心を揺さぶられることはありませんでした。ダマスコ途上での回心の直後、断食をしながら過ごした3日間という短くも激しい時間の中で、パウロは自らの霊的世界を根本から組み立て直したのです。ユダヤ随一の師と称されたガマリエルの門下で積み上げてきた膨大な律法と預言書の知識を土台に、彼は「イエスこそまことに神の子であられる」という宇宙的な真理を、明確に整理し直しました。

回心する以前のパウロは、申命記の厳粛な宣言に従い、「木にかけられて死んだ者はのろわれた者である」と考え、イエスを冒瀆の極みと見なしていました。しかし、復活された主イエスに直接お会いするという超自然的な体験を通して、律法が指し示していた真の完成を目の当たりにしたのです。こうして霊の目が開かれたパウロは、ためらうことなく直ちに諸会堂へと赴き、イエスが神の子であられることを大胆に宣べ伝え始めました。

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アラビアにおける静修 ― キリスト教弁証の骨格を築いた3年間

パウロは、復活された主から直接召しを受けた自らの召命が、既存の十二使徒とは大きく異なる、特別で重要な使命であることをはっきりと理解していました。そのため、彼は人間の知恵を求めたり、人々の承認を得たりするために、すぐエルサレムへ上ることはしませんでした。そうではなく、誰もいないアラビアの荒野へと入り、3年にわたる深い静修の時を過ごしたのです。

静修とは、政治や経済、社会のさまざまな雑音からしばらく距離を置き、ただ神の御言葉の前に、一人の人間として静かに立ち、自らを深く見つめ直す聖なる霊的隠遁を意味します。

💡 パウロがアラビアの荒野の3年間で目にした、十字架の奥義
  • 受肉の神秘
    罪に満ちたこの世界のただ中へ、神ご自身が人の姿をまとってへりくだり、私たちのもとに来てくださったという、これまで見えていなかった聖なる救いのご計画を確信したこと。
  • 贖いの十字架
    のろいの木にかけられたキリストの死が、実は全人類の罪を身代わりに負われた出来事であり、神の偉大な愛の現れであることを悟ったこと。
  • 復活と昇天の体系
    死でさえキリストを墓にとどめることはできず、主イエスが完全な勝利を収められたことを宣べ伝え、その後、天の御座に昇られた主イエスの主権を神学的に確立したこと。

パウロは、のちに獄中からテモテに「皮の巻物を持って来てください」(Ⅱテモテ 4:13)と頼んでいます。この逸話からも分かるように、彼は生涯を通して御言葉を深く探究し、まるで冬を越す備えをするように学び続けた、まことに御言葉の人でした。主イエスは、このようなパウロの優れた神学的素養を用い、異邦人宣教のための聖なる器としてお立てになったのです。

その後、コリントで執筆され、全世界の教会の土台となったローマ人への手紙の壮大な福音の弁証も、その源流は、このアラビアで過ごした孤独な3年間の深い黙想の中で形づくられ、練り上げられたものでした。

今日、多くの信徒は長年教会に通い、イエスを賛美していながらも、エマオへ向かう途上の弟子たちのように、福音の真の奥義を十分に知らないまま、霊的な盲人として歩んでいることが少なくありません。それゆえ、日本オリベットアッセンブリーの聖徒たちをはじめ、この時代を生きるすべてのクリスチャンにも、世の声からしばらく離れ、ただ御言葉の深い泉からキリストの救いの奥義をくみ上げるための、徹底した静修の時が必要とされているのです。

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エルサレム会議と交わりの握手 ― 教会をひとつに結ぶ十字架の精神

回心から14年という長い年月の間、パウロは華やかな肩書きや称号を持つことなく、ただ真理への確信を胸に抱き、無名の勇士のように異邦の地を切り開きながら宣教を続けていました。そしてついに、神の御霊による啓示に従い、忠実な同労者バルナバと、ギリシャ人の弟子テトスを伴って、再びエルサレムへと上ったのです。

パウロは主イエスから直接召された使徒であり、14年にわたる豊かな宣教の実りも与えられていました。そのため、既存の教会の承認を求めることなく、独立した教派を立てて、さらに大きな働きを築くこともできた人物でした。しかし、彼の心には、教会の分裂を断固として拒み、キリストにある一致を何よりも大切にする精神が深く息づいていました。

強力な求心力の確保:異邦世界へと宣教の働きが大きく広がり、福音がますます遠くまで届けられていくためには、その中心となる教会が揺るがない求心力を保ち続けることが不可欠であること。

福音の提出と謙遜:パウロが自らを「月足らずで生まれた者」とへりくだり、主イエスが先に立てられたエルサレム教会の使徒たちの権威を尊重しながら、自分が宣べ伝えている福音を謙遜に検証してもらおうとしたこと。

エルサレム会議に臨んだパウロの歩みは、キリストの体である教会は決して分裂すべきものではないことを示す、美しい模範でした。当時は、ひそかに入り込んだ偽兄弟たちが、異邦人の信徒にも割礼を受けるよう求め、福音による自由を奪い、再び律法の奴隷としようとする激しい圧力をかけていました。しかし、パウロは福音の純粋さを守るため、ギリシア人であったテトスに最後まで割礼を強いることなく、真理を守り抜いたのです。

このような福音を守るための真剣な弁証の末に、教会の柱と認められていたヤコブとケファ(ペテロ)、そしてヨハネは、ついにパウロとバルナバに「交わりの握手」を差し伸べました。ペテロは割礼を受けた人々への使徒として、パウロは異邦人への使徒として、それぞれ神から召されていることを互いに認め合い、キリストの血潮による完全な一致を確認したのです。これは、キリスト教史における最も偉大で輝かしい合意の瞬間でした。

日本オリベットアッセンブリーの働き人と聖徒たちも、自分の義や成し遂げたことを誇り、他の人が築いた土台の上に自分だけの城を築こうとする利己心を捨てなければなりません。「私が福音を宣べ伝えなければ、石が叫ぶであろう」という切実な思いを抱き、粗末な衣をまとい、名もなく、光を求めることもなく献身を貫いた使徒パウロの足跡に倣って歩んでいかなければなりません。

世の場当たり的な方法や人間的な手段を手放し、教会のかしらであられるキリストの統治のもとで互いにへりくだって仕え合うとき、教会は初めて、陰府の力に打ち勝つ権威を回復することができます。私たち一人ひとりが、魂を自由にする真の福音の土台の上に確かな平安を見いだし、時代の波を越えて、真理の聖なる証人として力強く前進していけることを心から願っています。

✍️ 聖書黙想の問い(ともに分かち合いましょう) パウロが14年もの間、無名の勇士として黙々と献身を続けたように、私たちも人からの評価や目に見える肩書きに左右されることなく、主イエスから与えられた召命だけを支えとして、喜びをもって走り続けているでしょうか。

また、教会の一致のために、自らが宣べ伝えている福音をエルサレムの使徒たちの前に謙遜に差し出したパウロの姿に倣い、私たちの家庭や教会において、壊れやすい「一致(Unity)」を守るために、今日手放すべき固執や自己主張は何でしょうか。ぜひコメント欄で、皆さんの思いを分かち合ってください。